« キッチンツール☆キッチンマット(塩化ビニル樹脂)白の花柄 | トップページ | 日記☆カードポイント@東北地方太平洋沖地震の義援金募金&献血も »

2011年3月15日 (火)

日記☆ 山梨で地震を体験 いつまでも体に残る揺れと漆黒の夜

3月11日 午後2時46分東北地方太平洋沖地震を偶然山梨で遭遇体感しました。
今も、胸に何かが詰まっているような緊張が残っています。

 

 

11日山梨の用事を済ませバスまでの時間をターミナルの横にある温泉過ごそうとバスを降りたその瞬間に地震が来ました。

体に揺れを感じてへっぴり腰で倒れないように踏ん張っていました。
そのときは、三半規管の以上でめまいがしているのか、バスの重みで駐車場が揺れているのか何が起きているのかわかりませんでした。

すると、「地震だぁ~~!!」と建物の中から人々が飛び出して来て初めて地震だとわかりました。

P1070941_4  
着の身着のまま裸足状態で・・・。
温泉は、洗面器の水の様にじゃぶんじゃぶんと溢れていたそうです。

山梨は震度5でした。
停電していたので、携帯からの情報で宮城でマグネチュード8以上の地震が起きた事をしりました。
入湯していた人は慌てて飛び出し、寒さに震えていました。
停電でボイラーはもちろんレジも使用不可能の為、利用したものを自己申告でおっしゃって頂いてお支払いをお願いします。」と。
その間に毛布やバスタオルを配って下さって寒さをしのぎました。

 
家族から「危険な時は動かない方が良いそちらにとどまる様に。」との連絡があり、こちらにとどまることにしました。

 

一応バスターミナルに行きましたが、100人以上の人たちが確かな情報がつかめず待合所の中で不安な時間を過ごしていました。
私は、本日バスに乗らないという意思表示とその承認を頂いて移動しました。

 

停電は、トイレを流すことも自販機の飲み物を買うことも出来ないそんな小さなことから出来なくなってしまいます。
便利さの中暮らす私たちは、その時点で不安に陥ってしまうことを実感しました。

 

私は最寄の駅までタクシーで戻りお迎えを待っていましたが、20分ほどところ予想通りお迎えは着てくれません。

 

最初は大勢の方が居られましたが、ひとりまたひとりと元居た場所に戻る方甲府駅までなど行き先を変更されそれぞれ出て行かれ最後は私ひとりになってしまいました。
その2時間の間に日が落ちて周りは真っ暗に。
灯りといえば駅の方が持ってきて下さった懐中電灯ひとつ。
地震の動揺に加え暗闇とひとりという不安に押しつぶされそうでしたが、バスセンターの方がとにかく温かく対応して下さりこちらでも感謝でした。

午後7時半ころ2時間ほど掛かって渋滞の中迎えに来てくれました

町中が停電しており、信号が機能しない為警察官地元の消防団の皆さんの誘導でやっと道路が利用できている状態でした。

そのときの安堵感と言ったらどう表現してよいかわかりません。
自然に涙が溢れてきました。

 

午後7時位の外の様子です。

漆黒という言葉そのもの。
電気の無い世界はこれほどなのかと改めて当たり前になっていた光のある暮らしに感謝しましたし、恐怖を覚えました。

P1070942   

こちらは、カメラのフラッシュを使った状態です。

P1070943  
 
その地区は、翌日12日の午前5時頃までライフラインが寸断されていました。

朝起きて、テレビを観て初めてどれほどの災害が起きたのかを知ることとなり愕然としました。

 
こちらは不幸中の幸いと言ってよいのか、震度5でライフラインの寸断こそありましたが翌日には通常通りの生活が戻っていました。

 

名古屋に向かうものは翌日には通常に動いていましたが、落ち着いてからと14日に帰宅の徒につきました。
  

まったく知らないもの同士ですが飴やガムお菓子などを分け合い出来るだけ明るい話題で場を盛り上げたり励ましたりこうした状況では人と人との温かさを感じありがたかったです。

 

私が体験したものは、災害の大きかった地域の方たちを思えばどれほどのものではありません。

私がどんな言葉をこちらに書いても正しい表現が出来ません。
被災地域の方の為に少しでも出来ることを見つけてさせて頂きたいと思っています。

|

« キッチンツール☆キッチンマット(塩化ビニル樹脂)白の花柄 | トップページ | 日記☆カードポイント@東北地方太平洋沖地震の義援金募金&献血も »

コメント

Roolyさんも大変でしたね。
 
出来ることしたいです。

投稿: Western Mama | 2011年3月16日 (水) 06時35分

Western Mama様
しばらく更新がなかったから心配してたのですが、
そういうことだったんですね。せっかくの温泉が
台なしになってしまったなんて、残念でした。

私は家にいたけど、それでもほぼ一日停電で大変でした。
ようやく落ち着いて東北地方に住む友人・知人の
無事を確かめほっとしているところです。
まだ物資不足などで不自由な面があるかもしれませんが、
助かっただけでもよかった。自宅で暮らせてる
だけでも気は楽ですよね。

避難所の人たちも含め、本当に、できることから
少しでも助け合いたいです。

投稿: Rooly | 2011年3月15日 (火) 20時48分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« キッチンツール☆キッチンマット(塩化ビニル樹脂)白の花柄 | トップページ | 日記☆カードポイント@東北地方太平洋沖地震の義援金募金&献血も »